2024/01/28

原作者が最終話脚本を担当と聞いて思い出す話。。。

手塚プロダクションと任天堂に喧嘩を売るつもりのない絵を描いてみた。。
いや、どっちも似てないから大丈夫か?

 

 原作を改変させる脚本家さんだったり、パワハラがひどいプロデューサーさんだったりと。。

 テレビマンたちがあちこちで暴露されつつある昨今。。。

 漫画とは違う脚本でモヤモヤしたものと言えば、おいらは思い出すことがあるんですよ。

 

手塚治虫「W3(ワンダースリー)」

 

ここにAmazonリンクおきます。
W3(ワンダースリー)1 Kindle版
W3(ワンダースリー)2 Kindle版
W3(ワンダースリー)3 Kindle版

 この作品は1965年っていう、おいらが生まれる遥か前で、「なんで知ってんの?」ってなるんですが。。。

 まぁ、知ってるんですよ。

 この作品は、「少年マガジン」から「少年サンデー」に電撃移籍した「W3事件」という事件のほうが知られてそうで、肝心の内容は知られてないんではなかろうか?

 おいらはむしろ「W3事件」のほうがよく知らないよん。

 

 

 最近でも、YouTube公式とかで期間限定で配信されてるのを確認した覚えがあるので、年齢問わず知ってる人は知ってるのでは?と思うと同時に、知らない人はむしろなんで知らないのよ?(なにその上から目線)

W3を観る | Prime Video

 公式でなくても、ググったら、Dailymotion とか出てきそうだけど、とりあえず上にプライムビデオリンク置いたから。。。

 

 中学校の図書室になぜか、「ワンダースリー」(以下漫画版もアニメ版も区別なく「W3」と書く)の漫画単行本が置いてあったので、読んだらオチがおいら好みだったので、印象深い作品でした。

 すると、ちょうどWOWOWの「手塚治虫劇場」にて「W3」の放送というか再放送が始まって、おおってなって期待して観てたんよ。

 これでおいらの年齢がバレちゃう。今年で30代でなくなることがバレちゃう。

 しかし、「W3」の最終回は漫画で読んでも、良くも悪くも「うーん」と唸らせるものだが、アニメは「えー」ってなるものだったのだ。


 今から1965年の作品のネタバレするんだが。。。

 もうええやろ。(吉本新喜劇だっかでよく聞いたワード)

 この記事を指さして「なにこのファスト動画は?」って言わそうだが。。。

 半世紀以上前の作品のネタバレで怒る人は、単に教養がないだけだろう。。。

 封印作品でもないし、普通に売ってるし。

 WOWOWのほかにも、日本時代劇専門チャンネルだっかでも普通に放送されてたし。

 

 1965年作品ネタバレを怒る人のことは放っておいて、話を戻すが。。

 漫画版最終話では、W3の3人とも裁判で処刑され、記憶喪失の地球人に姿を変えられ、過去の地球に飛ばされるんだが、その正体が物語のキーマンだったってオチになってくるんよ。

 これが中学生時代のおいらに刺さったお気に入りのオチ。

 

 一方、アニメ版最終回では、そのキーマンがなかなか登場しなかった問題があってか、うさぎっぽいキャラのボッコだけが処刑され記憶喪失の地球人されて地球に落とされ、主人公に会いに行こうと決意して終わるオチ。

 「お前、記憶喪失じゃないんかーーーい!」の気持ちしかない最終回でしたね。

 

 なにせ、「W3」漫画とアニメは、ほぼ同時期で同時進行だったという事情もあってか、この問題があったんだろうなとは思うが、中学生だったおいらにはそんなの関係ねぇ。

 ショックだったんよ。

 もちろん、「誰だよ脚本は?」ってなるんだが、まさかの「脚本 手塚治虫」だったんよ。

 

「W3」アニメ版最終話は手塚治虫先生が自ら携わる

 おいらは大人になってから、「虫プロてんやわんや 誰も知らない手塚治虫」(Amazon)という2009年の本を読んで以下のことを知ったわけ。。

 多数の連載を抱えながらも、担当編集者から逃げてきた手塚先生は、アニメスタジオにスタッフとともに、W3(ワンダースリー)のアニメ最終話を徹夜で作ってスタッフとともに寝落ちしたという秘話が書かれていた。

 肝心のその本は去年の掃除でどこにしまったか忘れた(物理本はクソ)。探せば出てくるんだろうが、肝心なときに本というのは出てこないものだ。

 だもんで、これ以上の詳細は書けないが、先生は最終話の脚本だけでなく、編集も兼務してたんだとか。

 先述した漫画とアニメでの大きなちがいと、限られた時間尺という中、他の脚本家によって重ねられたアニメエピソードとの整合性を重視し、自らの手で名前を背負って完結させたい意欲のある原作者の姿を感じた。

 「W3」の場合は、漫画とアニメが同時進行という事情はあるが、やはり結末は原作者自らの手で畳みたかった思いは伝わるも、やはり漫画のようにはいかなかったという話だ。

 おいらはこの話を思い出すんよね(まぁ、他にも同じ事例はあるんだろうが)。

 

 これは、最近話題の「セクシー田中さん」のドラマ脚本問題と共通している。

 原作者が最終話に向けて、自身で脚本を書いて畳みたい想いはあるだろう。

 特に原作者側のストーリーや設定と異なり、乖離している場合となればなおさらだろう。

セクシー田中さん(1) (フラワーコミックスα) Kindle版

 

 原作者というのは、自身の名前と作品の看板を背負ってることに責任があるからだ。

 

「バージョンちがい」という要素を知る

 こうして、おいらは作品というものには、「バージョンちがい」があることを認め許すような心を持つことにした。

 どんなに同じ作品でも、規模や時代背景でちがいは出てくる。

 放送版とビデオソフト版でも修正などで、バージョンがちがうこともあるんだから。

 

 これで、中学生の時のショックは消えたとは言えないが、まぁ、成長はしたろう?

 みんなも成長しよう。

 そうして、自分自身のバージョンをかえていこう。

 

 そして、気に食わないバージョンを叩こう!(それはやめなさい)

 でも、自分自身の気に食わないあの頃のバージョンも隠さず叩くんだぞ?

 

 いつもとバージョンちがいの weepjp がお送りしました。

 

バージョンあげます

 要は一部加筆と修正があります。

 

 まずは、「セクシー田中さん」の原作者、芦原妃名子先生の訃報に際して、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 言葉にならない無惨なことになりました。

 この記事は、先生が亡くなる前日に投稿したもので、2024/01/30 にことの重大さを鑑み、一部加筆と修正をしました。

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